宮本武蔵という稀代の剣豪の生き様を、
「身体」「生命」という根源的なテーマで掘り下げた作品、「バガボンド」。
井上さんの作品の中でも、
高い評価を得ている作品です。

井上さん自身、
「僕の中心に近いところで描いている」と思い入れの深さを語っています。

ところが2010年12月、
「バガボンド」は、突然休載されます。

休載前の井上さんは、
「泥の中でもがいている」ような行き詰った状態でした。

描きたくて描いていたはずの漫画を描けなくなった井上さんは、
漫画を描くことの「楽しさ」を取り戻すために、
「休載」という、苦渋の決断をしたのです。

しかし、「バガボンド」を休載している間、
井上さんはただ休んでいたわけではありません。
むしろ、変わらず精力的に創作活動に取り組んでいました。

もうひとつの人気漫画・「リアル」の連載、
イラスト・「Smile」の発信は継続され、
新たに、2つの大きな仕事にも取り組んでいます。

親鸞聖人750回忌を記念した、屏風絵・「親鸞」の完成と、
スペインでガウディの建築を目の当たりにし、
触発されて描いた創作ノートの出版です。

この2つの仕事を振り返って、井上さんはこう語っています。

「親鸞もガウディも脇道でやれるような仕事としてはやっていない」
「休みという感覚は皆無です。どれも自分の糧に必ずしています」
そして、この2つの仕事も、
いつか必ず「バガボンド」に繋がってくる、と。

休載中も、
井上さんの中心には「バガボンド」があり続けたのです。

まるでスポーツ選手が怪我の回復を待ちながら
他の部位のトレーニングを怠らないように、
井上さんは、「バガボンド」を描く「楽しさ」の回復を待ちながら、
さまざまな活動に打ち込んでいたのです。